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はじめに、

トレードを生業にすることができる日本人は僅かだが、個人トレーダーや兼業トレーダーを名乗る日本人は多い。同時に、彼らを食い物にする自称プロトレーダーや自称専業トレーダーの存在も看過できないほど、ネット上の仮想世界の中で増殖した。

膨大な情報に囲まれた新米トレーダーの憂いは容易に想像できる。多くの新米トレーダーはまずネットから情報を盗もうと試みるだろう。元ディーラーを名乗る人間が発信するトレード情報から、一ヶ月で100万円を稼ぐと謳う主婦トレーダーの日記まで、新米トレーダーを囲繞する情報群は、彼らを隘路へと導く。出口が入り口に繋がっている迷路へと。

ある日、ロバート・パーカーの「ボルドー」を模倣とした福田和也の「作家の値うち」を眺めながら私はふと、思い付いたのである。ひとつの指標として、ブックガイド的な立ち場をとりながら、彼ら彼女らのサイトを100点満点で評価したらおもしろい試みになるのではないか、と。(同じような試みとして、アイドルの批評を展開しているので気になった方は目を通してみてほしい。アイドルへの価値観が変われば幸いである。https://neuchi.me/

筆者の投機経験値だが、個人トレーダーとしての経験ならば、10年を超える。
まだ若く、小説家を志していた頃、どれだけ真っ白な原稿用紙を文字で埋めようとも、一銭にもならなかった時代、私にとってのトレードとは、その日に食べるパン代を稼ぐための貴重な手段であった。相場からメシ代をもぎ取るための集中力は、文筆業という切った張ったの世界を渡り歩く度胸と覚悟を私にあたえてくれた。

私にとってトレードとは、下積み時代を支えてくれた友人、愛人とでも言えるだろうか。おそらく、ほとんどのトレーダーが遭遇する壁、隘路というトンネルを私も経験し、それをくぐり抜けてきた。
トレードとは突き詰めれば、哲学であり、文学である。文学であるならば、それは「人」と云える。そして、人間を描き出す(あばき出す)ことが批評家の使命である。

私は、投機と文学とは「共通点が多い」というよりも「共時性がある」と想うことがおおい。このような「感覚」をどれだけ、ほかのトレーダーに伝えられるか、共感させることが可能か、わからない。しかし、私の批評行為によって、道が拓ける新米トレーダーがひとりでも現れるならば、それだけで、このサイトの存在理由は満たされるだろう。